私たちの中に眠る「三つの力」— 自分を見限らない生き方

皆さんは、自分自身のことを「どうせ自分なんて」と諦めてしまいそうになったことはありませんか?
数年前、武蔵野大学の門に掲げられていた高楠順次郎先生の言葉に、このようなものがあります。
「人間の尊さは可能性の広大無辺なることである。その尊さを発揮した完全位が仏である」
大乗仏教では、私たちは誰もが本来「仏の心」を持っていると説かれます。それは言い換えれば、誰しもが「無限の可能性」を秘めて生まれてきているということです。
では、その「仏の心」とは具体的にどのようなものでしょうか。 私は、それは私たちが生まれながらに授かっている「三つの力」のことだと考えています。
一、生きる力
生まれたからには、明日へ向かって生きていこうとするエネルギーが誰にでも備わっています。どんなに小さないのちであっても、例外なく「生き抜こう」とする強い力を持っているのです。
二、耐え忍ぶ力
生きていれば、つらいことや苦しいことに直面します。しかし、私たちはそれを受け止め、耐え忍んでいく力を持って生まれてきています。「自分には耐えられない」と思うような出来事でも、実はそれを乗り越える力が備わっている。そう信じることで、道が開けることがあります。
三、人を思いやる力
自分のことだけでなく、周りの人を慈しみ、大切に思う心。この優しさも、後から付け足すものではなく、私たちが最初から持っている尊い力です。
孔子の言葉に、弟子が「自分の力が足りない」と弱音を吐いた際、「力が足りないのではない。自分から見切りをつけてしまっているのだ」と諭した一節があります。
私たちは、自分には無理だ、駄目だと思い込み、自分自身で見切りをつけてしまいがちです。しかし、本当は誰もが「無限の可能性」という大いなる力を持っています。
私自身、とても弱い人間であり、かつては困難から逃げ出したいと思うこともありました。しかし今、経営者という立場になり、職員さんや障がいを抱える利用者様とともに歩む中で、「たとえ乗り越え難い猛火に包まれようとも、ここを守り抜く」という覚悟が生まれました。その覚悟こそが、私の中に眠っていた「耐え忍ぶ力」や「思いやる力」を呼び覚ましてくれたのだと感じています。
「生きる力」「耐え忍ぶ力」「思いやる力」。 この三つの力を、日々の生活や仕事の中でいかに発揮していくか。
自分を見限らず、ともに歩む仲間たちの可能性も信じ抜きながら、一歩ずつ進んでいきたい。 今日は福山市内の公立小学校の卒業式が行われます。わが子の成長した姿をまぶしく感じつつ、巣立ちというさみしさも味わうこの春の日に、改めてそんな決意をしています。

