うららかな風に吹かれて~慚愧の心と感謝の心

「おかえり」というケーキに添えられた、14年7ヶ月の月日
先日、読売新聞を読んでいて、一枚の記事に目が止まりました。 そこには「行方不明十四年七ヶ月 家族の元へ」という、重く、そして震えるような見出しが躍っていました。
岩手県山田町で、震災当時6歳だった長女を津波で亡くされたご家族のお話です。 ご両親は遺体安置所を回り続け、手がかりのないまま、半年後に死亡届を出されました。しかし、心のどこかでは「もしかしたら、どこかで生きているのではないか」という微かな、けれど消えない希望を抱き続けてこられたといいます。
あの日から15年。生きていれば、娘さんは二十歳の成人式を迎えるはずでした。 晴れ着姿の同級生たちを見つめ、お母様は「あの子にも着せてやりたかった」と涙を流されたそうです。
そんな中、奇跡が起きました。 自宅から100キロも離れた宮城県の海岸で、わずかに歯の残る下あごの骨が見つかったのです。
研究者の方々が最新の科学技術を駆使し、2年半という歳月をかけて、2500名を超える行方不明者の中から、その一欠片が「誰のものであるか」を特定しました。
ついに娘さんと対面できた時、お母様は小さな骨つぼを胸に抱き、「帰ってきてくれてありがとう」と頬を寄せられました。 家では、友人たちが「おかえり」と書かれたケーキを用意して待っていたそうです。
この記事を読みながら、私は涙が止まりませんでした。 そして、震災は決して過去のことではなく、今この瞬間も続いているのだと、改めて突きつけられた思いがしました。
「忘れていた自分」への慚愧の心
震災直後、あの日私たちは皆、被災地の痛みを自分のことのように感じ、祈りを捧げていました。 しかし、15年という月日が流れ、いつの間にか日々の忙しさの中に紛れ、どこか「終わったこと」のように感じてしまっていた自分がいなかったでしょうか。
今なお、2519名もの方々が行方不明のままです。 15年という時間は、日常を生きる私たちには長く感じられますが、愛する人を待ち続ける方々にとっては、あの日から一歩も動いていない、終わりのない時間なのかもしれません。
今の自分は、その苦しみを忘れてしまっていなかったか。 そう思うと、私は「申し訳ない」という、いたたまれない気持ちになりました。
仏教の言葉に「慚愧(ざんき)の心」というものがあります。 自分の至らなさを恥じ、申し訳なく思う心のことです。
しかし、この「申し訳ない」という痛みこそが、実は「感謝」の入り口なのだと私は思います。
自分の無力さや忘却を恥じる心があるからこそ、今、目の前に家族がいること、温かい食事ができること、そして一つひとつのお弁当を心を込めて作れることの有り難さが、身に染みてわかるのです。
「当たり前」の日常は、決して当たり前ではありません。 誰かが喉から手が出るほど欲しかった「今日」を、私たちは生きています。
今回知った「ありがとう」という詩を綴った少年の心、そして娘さんの帰還を待ち続けたご家族の想いを胸に、私はこれからも「一客入魂」の精神で、目の前の一人、目の前の一つに、真心を尽くしていきたいと強く思いました。
忘れないこと。そして、今あるご縁を大切にすること。 それが、私にできる精一杯の報恩だと信じています。

