ガラスの部屋と、闇に消える指針

温かくやわらかい光に満ちた陽だまりのような部屋の中から、ガラス窓の向こうを見る。私たち日本人は、そんな安らぎの中で「世界」という外界を眺めているのかもしれません。
かつて猛威を振るったテロの脅威は遠のいたように見えても、世界のどこかでは常に紛争の火の手が上がり、罪のない命が零れ落ちています。そして今、私たちの目の前にはさらに巨大な影が差しています。2026年2月5日、新START(新戦略兵器削減条約)が失効したのです。
米露という核の二大巨頭に中国が加わり、もはや「ブレーキのない軍拡」という未知の領域へ足を踏み入れようとしています。しかし、それさえも私たちは「ガラスの向こう側の出来事」として、平和な緑の中で忘れ去ろうとしていないでしょうか。
閉ざされる光、その前に
平和という光は、失われて初めてそのありがたみに気づくものです。皮肉にも、暗闇が訪れなければ私たちは光の尊さを真に理解できないのかもしれません。しかし、かつてその闇を身をもって体験し、光の価値を命がけで伝えた人がいました。
「戦争の終わった日、空襲の心配がなくなって、いっせいに町の灯がパッとついたとき、私は思わずバンザイをし、涙をこぼしました。これは事実です。心の底からうれしかった。平和の幸福を満喫し、生きていてよかったと思いました」
漫画界の巨匠、手塚治虫。 1928年に生まれ、青春を戦争の業火の中で過ごした彼は、生涯で15万枚もの原稿にその想いを叩きつけました。彼の信念は、単なる政治的なスローガンではありませんでした。
「人命だけでなく生命あるものすべてを戦争の破壊と悲惨から守るんだという信念を子どもにうえつける教育、そして子どもの文化はそのうえに成り立つものでなければならない。けっして反戦だの平和だのの政治的のみのお題目では、子どもはついてこない。率先して、生命の尊厳から教えていくという姿勢が大事なのではないでしょうか」
「制限なき時代」を生きる私たちの決意
『鉄腕アトム』で科学の光と影を描き、『火の鳥』で生命の輪廻を問うた手塚が描こうとしたのは、一貫して「命を大事にしよう!」という叫びでした。
新STARTが失効し、再び核の均衡が崩れかねない2026年の今。私たちが浸っている「陽だまり」は、決して当たり前の不変なものではありません。ガラス窓は、いつまでも私たちを守ってくれる盾ではないのです。
「制限なき軍拡競争」という冷たい風が吹き荒れる今だからこそ、私たちは手塚作品が遺したメッセージを再起動させる必要があります。政治的な駆け引きや数字のやり取りの奥底にある、たった一つの取り返しのつかない「命の尊厳」。
彼が亡くなって35年以上が経ちますが、その作品が今なお震えるような感動を私たちに与えるのは、彼が「暗闇」を知り、そこから灯った「光」の尊さを誰よりも深く信じていたからに他なりません。

