慢心は室内の禁物~感謝と謙虚さがもたらす進歩~

今日は二十四節気の「立冬」です。秋が極まり冬の気配が立ち始める頃なので「立冬」とされています。暦の上では冬の始まりとされ、この頃は太陽の光が弱くなり、朝夕など冷え込む日が増える季節になりました。秋を味わう前に冬が到来します。
いよいよです。料理長さんのお休みは今日で終わり、来週からは予定通り復帰されます。託された調理担当者さんは、この間の重い重い使命を担い、それを果たされました。早朝からのご勤務で身体的なしんどさもあったと思いますが、何より精神的な重圧は相当なものがあったに違いありません。それでも逃げ出されることなく、全うされました。お見事です。感謝です。また今回調理担当者さんをサポートしてくださった配達員さんは、持ち前のリーダーシップ、また明るいご性格で調理担当者さんを精神面でも支えてくださいました。そして、その二人をサポートしてくださった職員の皆さん、窮地を救ってくださりありがとうございました。来週からはフルメンバー(嬉涙)。これ以上うれしいことはありません。これからも、ワン・チーム!&ワン・ハート!
先日、あるラジオ番組で「自分に厳しい人は、他人にも厳しくなりがち」というテーマが取り上げられていました。熱心に仕事に取り組む人が、そうでない人に強い苛立ちを覚える。こうした光景は、私たちの周りでもしばしば見られます。しかし、この「厳しさ」の根源には、実は仏教でいうところの「慢心」が潜んでいるのではないか、という視点があります。修行に熱心な人が、怠けている人を見て「ダメだ」、「何とかしなければ」と思う。一見、正義感や責任感に見えるこの感情も、実は「自分の方が優れている」「自分の方がましだ」という、他者との比較意識から生まれています。この「自分は正しい」、「自分はよくやっている」という無意識の比較意識こそが、「慢心」です。熱心さという長所が、いつの間にか他人を裁く慢心という名の刃に変わってしまう。そして何より難しいのは、慢心は自分の熱意や努力の影に隠れてしまうため、自分で気づくのが非常に困難だということです。『南天棒禅話』の中に、非常に重い一章があります。
「慢心は室内の禁物」
『室内』とは、禅問答をする部屋、すなわち禅の修行そのものを指します。禅の修行のみならず、私たちの人生においても、慢心は進歩を阻む、最も避けねばならないものです。


