人生は順逆の連続

 今日は卒業された利用者様が来所してくれました。一般就労に移行されたばかりですが、表情もうららかな風の利用されていたころと同様に明るい表情をされており、安堵しました。まだ卒業されて日が浅く、これから色々なことが待ち受けていると思いますが、きっと乗り越えてくれると思っています。今度はお弁当を買いに来てくださいね。

 月が移り新しいメニュー表に変わるころが、私がもっとも気をもむ時期です。もうすぐ月が変わるのに注文表が届かない時は、もう飽きられてしまったのか‥と悲観してしまいます。一方、新規のお客様からの注文を頂くと、超絶嬉しいです。4月分は、まだまだ注文を受け付けております。1回だけの注文でも結構です。お試し利用いただければ幸いに存じます。

 聖路加国際病院の名誉院長であった日野原重明先生がこの世を旅立たれたのは、105歳。

「人生は順逆の連続」。

 順逆をこえるとは、順境にも逆境にも負けない自分を創るということですが、日野原先生は、正に順境をこえた100年の人生であったと言えるでしょう。生きておられるお姿には、溢れんばかりの優しさとぬくもり、神々しさがありました。その背景にあったのは、1970年、日航機よど号ハイジャック事件です。日野原先生はその機中におられました。当時58歳。事件4日目、乗客は全員無事、韓国・金浦空港で解放されました。靴底で大地を踏みしめると、「無事地上に生還した」の思いが膨らみ、これからの人生は与えられたもの、人のために生きよう、という決意に繋がっていきました。

 帰国した日野原先生のもとには、1,000人を超す人たちからのお見舞いやお花が届けられ、その礼状に奥さまが書き添えた言葉があります。

「いつの日か、いづこの場所かで、どなたかにこの受けました大きなお恵みの一部でもお返し出来ればと願っております」

 この言葉が日野原先生の後半生の指針となりました―――。