命のバトンを受け取るあなたへ

「あなたは消えてしまわなくても大丈夫。かくれてしまえば、いいのです」

この言葉に、救われる思いがする人がどれほどいるでしょうか。自殺対策基本法が施行されて20年。2024年の自殺者数は2万人を超えました。交通事故死者数の約8倍という数字は、現代社会がいかに「生きづらさ」を抱えているかを物語っています。理由はあっても、なくても、しんどい。

「生きていたくない」と願う人がいる一方で、「生きたくても生きられなかった」人が数知れずいることも、また悲しい現実です。いま、この世界が灰色に見え、息を吸うことさえ苦しいと感じているあなたへ。

昭和54年の雪の降る夜に、31歳でこの世を去った井村和清という一人の医師がいたことを、少しだけ知ってください。

あなたが今見ている景色は、誰かが「這ってでも見たかった」景色です

昭和54年の雪の降る夜に、31歳でこの世を去った井村和清という一人の医師がいました。

井村先生は、愛する妻子やまだ見ぬ2人目の子を残して死にゆく無念はいかばかりか。肺への転移を知り、自分の命が残り少ないと悟った瞬間、不思議な光景を目にしました。

「世の中がとても明るいのです。スーパーへ来る買い物客が輝いてみえる。走りまわる子供たちが輝いてみえる。犬が、雑草が、電柱が輝いてみえるのです」

あなたが今、絶望のなかで見つめている、なんてことのない電柱や道端の雑草。それは、彼が「這ってでももう一度戻りたい」と願った、かけがえのない輝きの中にあります。あなたが今持っている「明日」という時間は、誰かが祈っても手に入らなかった、最高に贅沢なギフトなのです。

「倒れても、自分の力で立ち上がる」という信頼

井村さんは、幼い子供たちに「手を貸してあげることができない」と詫びながらも、こう告げました。

「お前たちは倒れても倒れても自分の力で立ち上がるんだ」

これは突き放した言葉ではありません。「人間には、何度倒れても立ち上がる力が備わっている」という、命に対する絶対的な信頼です。今、あなたが倒れそうなら、無理に歩かなくていい。ただ、あなたの中に眠る「生きようとする本能」を信じて、そこに留まっていてほしいのです。

あなたは一人で荷物を背負わなくていい

井村先生は、友人が運んでくれた重い水や、幼い娘がさすってくれる背中に、震えるほどの感謝を感じました。

「みんなが私の荷物を担ぎあげてくれている。ありがたいことだと感謝せずにはいられません」

もし今、あなたの荷物が重すぎて動けないのなら、それはあなた一人の責任ではありません。誰かに「重い」と言ってください。あなたの背中をさすりたい、荷物を半分持ちたいと願っている人は、必ずどこかにいます。


最後に

井村先生は、死の間際に「幸せです。ありがとう」と言い切りました。それは彼が強かったからではなく、命の限界を知ったことで、周囲にある無数の「思いやり」に気づけたからです。

死にたいほどの夜を越えた先には、かつて井村先生が見た「輝く世界」が、あなたを待っているかもしれません。

どうか、あなたの物語をここで終わらせないでください。 あなたの命は、あなただけのものではなく、遠い過去から繋がれ、未来へと続く「輝きのバトン」そのものなのですから。

『あたりまえ』  作:井村和清

あたりまえ こんなすばらしいことを、
みんななぜよろこばないのでしょう。
あたりまえであることを。
お父さんがいる。
お母さんがいる。
手が二本あって、足が二本ある。
行きたいところへ自分で歩いていける。
手を伸ばせばなんでもとれる。
音が聞こえて声がでる。
こんなしあわせあるでしょうか。
しかし だれもそれをよろこばない。