2月26日に想う――90年前の銃声と、私たちが目指すべき「真の強さ」

今日、2月26日は、日本の近代史において最も重い意味を持つ日の一つです。 今から90年前の1936年。若き将校たちが「国を良くしたい」という純粋な、しかし危うい正義感に突き動かされ、武力によって現状を打破しようとした二・二六事件が起きました。
彼らを突き動かしたのは、当時の農村の惨状でした。飢えに苦しみ、家族を売り、前線で命を落とす兵士たちの家族を救いたいという切実な願い。しかし、その「救国」の情熱は、民主主義的な対話を拒絶し、暴力による解決を選んだことで、皮肉にも日本を破滅的な大戦へと引きずり込む決定的な引き金となってしまいました。
「自国ファースト」ではない、誇り高き日本とは
戦後80年を迎え、現在の日本もまた、国際情勢の荒波の中にあります。 時の指導者には、力強いリーダーシップが求められています。しかし、そこで語られる「日本を取り戻す」「誇り高い日本」という言葉が、単なる排他的なナショナリズムや、他国を排除する「自国ファースト」であってはならないと私は強く感じます。
二・二六事件の教訓が私たちに教えてくれるのは、「閉塞感から来る過激な思想や力による解決は、決して国民を幸せにしない」ということです。
私たちが守り、取り戻すべき「誇り」とは、武力や威圧による強さではありません。
- 悲惨な戦争を経験したからこそ持てる、平和への揺るぎない信念。
- 異なる意見を排除せず、対話によって最適解を導き出す忍耐強さ。
- 国際社会の中で、他国の痛みに共感し、平和をけん引するリーダーシップ。
それこそが、本来の「美しく、誇り高い日本」の姿ではないでしょうか。
同じ轍を踏まないために
歴史は繰り返すと言われますが、私たちは歴史から学ぶことができます。 90年前、青年将校たちが絶望した社会の歪みを、私たちは暴力ではなく、知性と連帯で解決していく道を選ばなければなりません。
かつての過ちを胸に刻み、決して「力」の誘惑に屈することなく、世界平和をリードする力強い日本を築いていく。今日という日が、その誓いを新たにする一日となることを願ってやみません。

