高倉健さんの背中に見る、心を豊かにする生き方

 先週の弁当のご注文は低調でしたが、今週は驚くほどたくさんのご注文を頂戴しました。メニュー表を眺めながら、お客様の嗜好について頭を巡らすのですが、いつも明確な答えは出せません。それでも料理長はその答えを探すために、日夜メニューと格闘する日々を送っています。ありがたいことです。私には、そこにぼやっとした答えが見えるような気がしています。それは、お客様の喜ぶ姿を想像し、日夜心血を注ぎ、努力に努力を重ねて作り上げたメニューは必ず報われる。そう信じています。

 2014年11月10日、日本映画界の巨星、高倉健さんは静かにこの世を去られました。その寡黙な背中、その一挙手一投足に、私たちはどれほどの「男の美学」を見てきたでしょうか。健さんが私たちに残してくださったものは、数多くの名作だけではありません。心を揺さぶる、深い言葉の数々です。

 「拍手されるより拍手した方がずっと心が豊かになる」

 この言葉は、単なる美談ではなく、健さんご自身の生き様そのものでした。私は、この言葉を体現した健さんの姿を、私は忘れられません。2000年、第23回日本アカデミー賞の授賞式での出来事です。当時若手だった岡村隆史さんが、壇上でこう発言しました。「将来は高倉健さんのような俳優になりたいです」。その瞬間、会場は失笑に包まれ、空気が凍り付きました。岡村さんがどれほど焦ったことか。そのとき、会場にいた健さんが、たったひとり、静かに立ち上がったのです。そして、大きな、心からの拍手を、岡村さんへと送りました。その後ろ姿は、まさに「男気」そのもの。健さんの行動で、会場の空気は一瞬にして温かいものに変わり、岡村さんはどれほど救われたことでしょうか。拍手を送る側こそが、会場の主役であり、最も心の豊かな人間であることを、健さんはその背中で私たちに教えてくれたのです。

 健さんの生涯の座右の銘は、天台宗の酒井雄哉大阿闍梨から教わったという、「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」。これは、『大無量寿経』に由来する法蔵菩薩の誓いの言葉です。「すべての人々を救うためには、どんな苦難にも耐え忍び、修行に励んで決して悔いることはない」という、想像を絶する覚悟が込められています。映画の世界の第一線に立ち続ける人生は、華やかな反面、おそらく苦難の連続だったはずです。しかし、健さんは、この「往く道は精進にして」という重たい覚悟を、常に心に携えていたからこそ、俳優人生を全うできたのではないでしょうか。