生という「お祭り」を終えて、静かなる帰還へ

かつて私は、透析医療を専門とする医療機関で事務職として勤務していました。
透析治療は、命を繋ぐための不可欠な医療です。しかし同時に、週に3日、4時間もの時間を拘束され、日常生活や仕事、家庭の平穏さえも奪われてしまう過酷な現実でもあります。病棟の階下にある私のデスクまで、時折、患者様の絶叫が響いてくることがありました。
「もうやめてくれ」「痛い、死なせてくれ」
その切実な叫びを耳にするたび、医療の限界と、人間の無力さを突きつけられる思いでした。
今の日本の医療制度では、一度始めた治療を止めることは容易ではありません。たとえご本人の強い意志があっても、治る見込みがなくても、生きるための苦痛を選び続けなければならない矛盾。
そんな日々の中で、多くの方々を見送ってきました。
「死」とは、元いた場所へ帰ること
最近、白川密成さんの著書『ボクは坊さん』や『空海さんの言葉』に触れ、ハッとさせられる一節に出会いました。
「起るを生と名づけ、帰るを死と称す」 (弘法大師空海『遍照発揮性霊集』より)
白川さんは、生きている時間は私たちが思う以上に短く、特殊な「お祭り」のような時間であり、死ぬことは「元いた場所に帰る」という、一番ふつうの状態に戻ることではないか、と記されています。
この言葉に触れたとき、私がかつて見送ってきた患者様たちの最期の表情が、ふっと思い出されました。
あんなに苦しみ、絶望の淵にいらした方々が、亡くなった後にはどこか安堵したような、穏やかなお顔をされていることがありました。その時、私は心の中でこう語りかけていたのです。
「どうかゆっくりなさってください」と。
「おつかれさま」という手向け
もし、死が「喪失」ではなく「帰還」なのだとしたら。 あの絶叫の日々は、あまりにも激しく、あまりにも過酷な「お祭り」の最中だったのかもしれません。
「生きていること」が当たり前で、「死ぬこと」が未知の恐怖であるという価値観の中にいると、私たちはどうしても「生」に執着し苦しみを長引かせてしまうことがあります。
しかし、空海が説くように、死が「我が家へ帰る」ような自然な営みであるならば。 過酷な治療を終えた方々に贈る言葉は、「さようなら」という悲しみの言葉だけでなく、「おつかれさま。よく頑張りましたね。またね」という、労いと再会の約束であってもいいはずです。
医療の現場で目にした、あの安らかな死に顔。 それは、長い長い旅路を終え、ようやく本来の静かな居場所へと帰り着いた、魂の休息の姿だったのだと、今は思っています。

