寅さんが教えてくれる泥中の蓮

先週のパンメニューは「プレスリーサンド」でした。ある利用者様がとてもうれしそうに、

「僕のおじいちゃんはのどに腫瘍があって、ほとんどご飯を食べられなかったんです。どうしたらおじいちゃんが食べてくれるかなって思って、この前うららかで作ったプレスリーサンドを家でも作ってみたら、おじいちゃんが全部食べてくれたんです。」

と、満面の笑みで報告してくれたんです。彼の作ったプレスリーサンドは、誰が作ったものよりも愛のあふれるものだったに違いありません。笑顔で話してくれる彼の顔を見ているだけで、とっても幸せな気持ちになりました。

一個入魂!今日も一つ一つのお弁当に心を込めて作ります。

国民的映画『男はつらいよ』。その主題歌の二番に、私の心に深く響く一節があります。

ドブに落ちても 根のある奴は いつかは蓮(はちす)の 花と咲く 意地は張っても 心の中じゃ 泣いているんだ 兄さんは

この歌詞には、仏教の言葉である「泥中の蓮(でいちゅうのはす)」の教えが下敷きにされています。そこから見えてくるのは、フーテンの寅さんという男が持つ、真実の「心根」です。

■ 泥があるからこそ、花は咲く

蓮の花は、清らかな水の中ではなく、泥沼(汚泥)の中で育ちます。しかし、そこにしっかりとした根を張る蓮は、汚泥を自らの養分に変え、凛とした美しい花を咲かせます。

寅さんの人生もまた、決して「きれいな水」の上ばかりではありませんでした。世間からはみ出した「フーテン」という生き方、繰り返される失恋や不器用な衝突、意地を張って素直になれない自分‥云々。

そんな、いわば「ドブ」のような日々を送りながらも、寅さんの中には「妹のさくらやおじちゃんたちを安心させたい」という、純粋で温かな根っこが深く張っています。世の中の善きことも悪しきこともすべて併せ呑んで、寅さんは懸命に生きているのです。

■ 大切なのは「どんな花か」ではない

あたかも根無し草のように漂っているように見える寅さん。彼が咲かせる花が、社会的に立派なものか、美しいものか‥それは実は、大した問題ではありません。

大切なのは、結果としての「花の美しさ」ではなく、「花を咲かせようとする願い」そのものではないでしょうか。

「まっとうな人間になりたい」「大切な人を笑顔にしたい」。 たとえ思い通りにいかず、独り泣く夜があっても、その「願い」を捨てずに持ち続ける限り、その人の魂は決して汚れることはありません。

■ 結び

私たちはつい、最短距離で「きれいな花」だけを咲かせようと焦ってしまいます。 しかし、不器用でも、泥にまみれても、そこに「根」さえあればいい。

寅さんの優しさは、そんな「ままならない人生」を歩むすべての人への、最大のエールのように思えてなりません。