命をむすぶ、心を灯す

青森県、岩木山のふもとにひっそりと佇んでいた「森のイスキア」。そこは、佐藤初女さんが70歳という人生の節目に拓いた、魂の休息所です。 そこを訪れるのは、心を病んだ人、生きる意味を見失った人、深い孤独の中にいる人々でした。初女さんは彼らに「何があったの」と問い詰めることはしません。ただ、丁寧に土を払い、火を焚き、心を込めておむすびを結ぶ。その温かな手料理でもてなし、静かに傍らに寄り添うことで、凍てついた人々の心を溶かしてゆく――。「日本のマザー・テレサ」と呼ばれた彼女の活動は、映画『地球交響曲 第二番』を通じて、多くの人の心に深い感動を刻みました。
30代だった私はその姿にただ圧倒されていましたが、20年の時を経て50代となった今、当時とは比べものにならない解像度で、初女さんの「すごさ」を噛み締めています。
「めんどくさい」という心の曇りを払う
初女さんは、どれほど疲れ、身体が悲鳴を上げていても、それを微塵も顔に出しませんでした。誰かのために台所に立ち続けることは、己の眠気やだるさを脇に置くという、静かな、しかし峻烈な覚悟の連続です。そんな彼女が好んで口にした言葉があります。
「わたしは、めんどくさいと思うことがきらいなんです」
「めんどくさいことがきらい」なのではなく、「そう思う心がきらい」。この一言に、初女さんの哲学のすべてが凝縮されています。世の中には煩雑なことが山ほどあります。けれど、それに向き合うときに「めんどくさい」と逃げ腰になる心は、どこかやさぐれ、今という尊い瞬間を汚してしまいます。やるならやる、休むなら休む。その潔さこそが、限られた人生を光り輝かせるのだと、今の私は確信しています。
うららかな風に宿る「一個入魂」の精神
この精神を、私は今、自らの人生で体現しようとしています。 3年前、52歳で立ち上げた就労継続支援事業所「うららかな風」。ここは私にとっての「イスキア」です。障がいを抱える仲間たちとともに、「一個入魂」の精神でお弁当作りに励んでいます。
当初は、思い通りにいかない現実に心が揺れることもありました。「なぜこんな単純なことができないのか」と、彼らを否定的に見てしまう瞬間もありました。しかし、ある時、私の曇った眼差しが晴れる瞬間が訪れたのです。「以前はできなかった作業を、いつの間にか当たり前のようにこなしている」、「なかなか集中力が続かなかったのに、今は真剣な眼差しでお弁当に向き合っている」。時間はかかりましたが、彼らは、一歩ずつ、しかし確実に成長していました。
今や「うららかな風」のお弁当は、彼らの存在なくしては成立しません。誰かに必要とされ、誰かのために命を燃やす喜び。その循環の中にいると、一分一秒が尊く、初女さんが感じていたであろう「眠りも休みも忘れるほどの充実感」が、自分の血肉となって流れているのを感じます。
人生に限りがあるからこそ、どっちつかずの「めんどくさい」という感情に、大切な時間を明け渡したくはありません。 かつて岩木山のふもとでおむすびが奇跡を起こしたように、私はうららかな風から、彼らとともに心を込めたお弁当を届け続けます。

