元気であれば前を向いて歩いて行ける!

 過日、母の調子が悪く、入院することになったとお伝えしました。入院して3週間となる先の日曜日、三原の病院に母の様子を見に行きました。一時はこのまま寝たきりになってしまうのではないかと心配しておりましたが、これまでの様子とは打って変わり、しっかりと話ができ、食事も自分で食べておりました。何より、弱気な言葉は一切なくなり、「早く施設に戻りたい」と生気を取り戻してくれました。同行した娘も「前よりいい❤」と安堵した表情。やはり、健康が一番大切ですね。健康で元気があれば前を向いて歩けます。今回の入院の契機だった尿管結石の手術は脇に置いて、衰えた心と体を整えるために一旦退院し、みんなが待ってくれている施設に戻ることになりました。正月まで40日余り。何とか正月を一緒に過ごせそうです。そして、年越しそばを食べましょう。

 今日は利用者様と特別メニュー「手羽元のトマトバターカレー」を作りました。盛り付ける際も、食欲をそそる香辛料の香りが鼻の粘膜をくすぐります。試食せずとも、今日のカレーは大当たりだったと分かります。次回の販売は、皆さんからのご声援次第です。どうか率直な感想をお聞かせください。

「人ではなく、時計と競争する―人間国宝・大場松魚(漆芸家)」

 実家は塗師の家柄で、私は三代目に当たります。家ではたくさんの職人が仕事をしとるから、そこへ行ってぽかーんと立っていたって勉強になる。だから誰に習うということはないんです。もう母親の腹の中にいた時から漆をやることになってしまっとる。そのままいけば朝から晩まで仕事をして、月給を取れる職人になれた。一門の兄弟子たちは皆、そういう仕事をしている。でも私の場合はそういう職人になりたくない。展覧会に出品する作家になりたいんだと、初めから考え方が違った。だから石川県の工業学校に入る時も、漆工科ではなく、図案絵画科を選んだ。仕事は家でいくらでも習えますから。 

 工業学校を卒業後、十年間、親父の後ろで、その背中を見ながら夜遅くまで仕事をしました。毎朝起きると、朝食をかき込んで仕事場を掃除し、七時にはぴしゃっと仕事に取り掛かる。そして正午までの五時間、息もつかずに仕事をします。三十分で食事を済ませたら、夕方六時までの五時間半、またぶっ続けで仕事。そこで三十分間の夕飯を取り、夜十時まで、毎日十四時間仕事をしました。休みは月に二回だけ。文字通り、仕事、仕事です。漆の仕事なんて、月給を取って朝八時から夕方五時まで働くなんていうもんではないですよ。そんなことを言う者にろくな奴はおらん。そんなことじゃ職人には、仕事師にはなれないですよ。我われの仕事には、朝も夜も昼も夜中もないんです。朝から晩までずっと漆から離れられない。仕事をするにあたっては、人間なんてもの、相手にしていたってしょうがない。皆、疲れてくると決まって能率が下がる。それですぐ、負ぁけた、やめたと言って投げ出しちゃう。人間のように頼りないものはないですよ。

 だから私は時計と競争する。夜も夜中もあったものじゃない。例えば一つの品物を作るのに、この一面はさっき一分で塗れた。じゃあ次は五十五秒で塗る。それも同じように、きれいにきちんと仕上げる。だからトイレに立てば立った分だけ、時計は先に進んで仕事は何もできない。といって、垂れ流しにするわけにもいかんし。忙しい時はたとえ十秒でも五秒でも無駄にはできん。時計と競争してこいつを負かすことはなかなかできませんけどね、時々は勝つようなことがありますよ。何時までにこの仕事をするんだと決めて、それよりも早くできることがあるから。

 なぜ負けないか。人間には「頭」があるからです。時計はチッ、チッ、チッ、チッ、と一定のリズムで時を刻む。しかし人間は、この仕事をこの時間までに仕上げるんだと腹を決めれば、グッと時間を短縮することができる。だから仕事を早くしようと思えば、目標時間を決め、それに対して集中攻撃を掛けることです。そうすれば一分早くなるか、五分早くなるか、いくらかでも早くなるんです。敵に勝つんですよ。そうやって時計に逆ねじを食らわせるような意気込みで仕事に向かうことが大切です。