一隅を照らす――沈黙の響きに耳を澄ませて

うららかな風の建物に一歩入ると、正面にレジと弁当を陳する机が並んでいます。 実は私には、決まった自室も立派なデスクもありません。 毎日、ジプシーのように空いたスペースを見つけては、そこをその日の居場所にして事務作業をしています。
なかでも、朝一番にこの入り口正面の机に座る時間を、私はとても大切にしています。
送迎車が到着し、利用者様が扉を開けて入ってこられる。「おはようございます。今日もよろしくお願いします」。相手に届く声で挨拶を交わす。それは決して特別なことではありません。
けれど、その瞬間の表情や、ふとした佇まいに、私は全神経を集中させています。「今日は少し、心がしんどそうだな」「服装が少し乱れている、何かあったのかな」 言葉にならない「沈黙の響き」に耳を澄ませ、その方との今日一日のかかわり方を考えます。
私がそこに立ち続けることが、扉を開けた瞬間の安心感につながれば‥ そんな願いを込めて、私はここを自分の「持ち場」と定めています。
一年越しの笑顔と、新しい一歩
先日、そんな入り口の机に、ある利用者様がニコニコしながら駆け寄ってこられました。「明日、A型作業所に見学に行ってきます!」
その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなりました。 その思いに至るまで、長い月日が流れました。迷い、立ち止まり、それでも自分と向き合い続けた日々。彼が自らの足で次のステップへと歩み出そうとする姿が、何より眩しく感じられました。
もちろん、毎日顔を合わせていた仲間が巣立っていくのは寂しさもあります。 けれど、それ以上に「喜び」が勝ります。 内心では、こうエールを送りました。
「いってらっしゃい。精一杯、頑張っておいで。 でもね、もしも、どうしても乗り越えられない壁にぶつかった時は、いつでもここで待っているから」
「一隅を照らす」ということ
神渡良平先生の著書『いのちを拝む』の中で、西澤利明さんはこう語られています。 「自分の天命に気づき、自分に与えられた持ち場で“一隅”を照らせばそれでいい」
私の照らす「一隅」は、この入り口の小さな机です。 ここで一人ひとりの「いのち」の機微に触れ、新しい世界へ羽ばたいていく背中を、最高の笑顔で見送ること。 そして、もし羽を休めたくなった時には、いつでも「おかえり」と言える場所であり続けること。
それが、うららかな風という場所の役割なのだと、改めて教えられた気がします。
一人の人間が、自分の新しい可能性に気づき、動き出す。 その奇跡のような瞬間に立ち会える幸せを噛みしめながら、今日も私は、入り口の机で皆様をお迎えします。

