一日読まざれば一日衰える。一日掃除せざれば一日曇る。

「心の食物」としての読書
森信三先生の『修身教授録』の中に、身につまされる一節があります。 私たちは体の栄養(食事)には敏感で、一食抜くだけでも辛く感じますが、「心の食物」である読書に対しては、いかにおろそかにしているか。
「一日読まざれば一日衰える」
この言葉は、単なる知識の習得を勧めているのではありません。読書という光に照らされて初めて、私たちは自分の人生経験の「真の深さ」に気づくことができる。読書を怠ることは、精神の代謝を止め、感性を衰えさせてしまうことなのです。
「凡事徹底」——知識を智慧に変える実践
読書が「静」の修養ならば、日々の仕事や雑事は「動」の修養です。イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏が提唱された「凡事徹底」。当たり前のことを、誰も真似できないほど徹底して積み重ねること。
「心の食物」を摂取するだけでなく、それを日々の実践(掃除や仕事)という器に注ぎ込むことで、知識は初めて生きた「智慧」へと変わります。
掃除は「心の浄化」
私には毎朝の習慣があります。職員が出社する前に、トイレ、敷地内、そして歩道を清掃することです。 これは、共に働く仲間や地域の方々への感謝の表現であると同時に、自分自身の「心の浄化」でもあります。
- 秋の落ち葉との悪戦苦闘: 掃いても掃いても舞い落ちる葉。しかし、その格闘の後に訪れる清々しさは、何物にも代えがたい「報酬」です。
- 冬を経て訪れる春の息吹: 厳しい寒さの中で掃除を続けているからこそ、春に芽吹く若葉の生命力や、小鳥のさえずりに、心からの「喜び」を感じることができます。
日常という修行場
森先生の教えにある「読書」と、鍵山氏の「掃除」。 一見異なるこの二つは、どちらも「自分の人生を、より深く、より丁寧に生きるための作法」として地続きに繋がっています。
「一日読まざれば、一日衰える」 「一日掃除せざれば、一日心が曇る」
これからも、本を手に取り心を養い、箒(ほうき)を手に取り場を清める。そんな当たり前の一日一日を、感謝とともに積み重ねていきたいと思います。


