みんながみんな、それぞれの「色」で輝く世界へ

「路傍の石ころは石ころとしての使命をもち、野の草は草としての使命をもっている。石ころ以外の何ものも石ころになる事は出来ない。……だから、世の中のあらゆるものは、価値的にみんな平等である。みんながみんな、夫々に尊いのだ。みんながみんな、心ゆくままに存在していい筈なのだ。」(『動物を愛する心』より)

童謡『ぞうさん』や『一ねんせいになったら』で知られる詩人、まど・みちおさん。2014年2月28日に104歳で亡くなるまで、彼はこの「存在の全肯定」という信念を貫き通しました。

1994年、児童文学のノーベル賞と言われる「国際アンデルセン賞」を受賞した際も、その理由の第一には、象のような大きな動物から、蚊のようなちっぽけな虫、さらには石ころに至るまで、森羅万象すべてに平等な存在意義があることをうたい続けた哲学が挙げられました。

『ぞうさん』に込められた誇り

誰もが知る『ぞうさん』の歌。まどさんは後年、この歌について「動物が動物として生かされていることを喜んでいる歌だ」と語っています。

「お鼻が長いのね」とからかわれた象の子が、「一番大好きなお母さんも長いのよ」と答える。それは悪口への反論ではなく、自分が象として生まれてきたこと、そして自分を象として愛してくれる存在がいることへの、純粋な「誇り」の表現なのです。これは26歳の時に彼が記した精神そのものでした。


私たちの現場に宿る「石ころの使命」

現在、私たちは様々な障がい(精神、身体、知的、認知症、難病など)を抱える方々と共に、お弁当作りを通じた就労訓練を行っています。利用者様はそれぞれに固有の特徴を持たれていますが、その個性を理解し、大切に作業を進める日々は、まさにまどさんの精神と共鳴しています。

世間一般では「大変だ」「汚い」と敬遠されがちな仕事の中に、自らの使命を見出す方々がいます。

  • 洗い場の喜び 湯気が立ち込め、暑くてしんどい洗い場の仕事。しかし、ある利用者様は「たくさんの洗い物ができて楽しかった」と清々しい笑顔を見せてくれます。汚れた食器が自分の手で再び輝きを取り戻す過程に、何にも代えがたい達成感を感じているのです。
  • 「トイレの神様」の背中 「トイレ掃除をさせてください」と自ら名乗り出る方がいます。便器に顔を突っ込むようにして、隅々まで丁寧に、一心不乱に磨き上げるその姿は、まさに「トイレの神様」。汚い場所を、誰よりも美しい場所に変えようとするその手つきには、神聖なまでの誇りが宿っています。

「自分であること」を喜び合える場所を目指して

「石ころ以外の何ものも石ころになる事は出来ない」 まどさんのこの言葉通り、洗い場に立つ人も、トイレを磨く人も、お弁当を詰める人も、その価値に上下はありません。

私たちは、単に技術を習得する場所ではありません。 「自分は、自分でいいんだ」 「この役割こそが、自分の使命なんだ」 そうした自己肯定感を育み、誰もが「心ゆくままに存在できる」場所でありたいと願っています。

私たちが作るお弁当の一つひとつには、そんな尊い個性がたくさん詰まっています。利用者様が自分らしくあることを誇りに思えるよう、私たちはこれからも一人ひとりの歩みに寄り添い続けていきます。