「一億玉砕」の呪縛を解き放て――堺屋太一の遺言と、高市内閣への期待

昭和20年1月。疎開を前にした一人の少年が、学校の先生に素朴な疑問をぶつけました。
「日本国民が一億玉砕したら、この戦争は負けではありませんか?」
その少年こそ、後に作家・経済評論家として活躍された堺屋太一氏です。答えの代わりに返ってきたのは、容赦ない拳でした。
堺屋氏はこの経験から、日本の「官僚システム」の恐ろしさを説いています。 「降参しない」という前提を絶対に動かさず、勝てる見込みがなくなれば消去法で「玉砕(全滅)」しか残らない。どれほど異常な結論でも、システムの中ではそれが「唯一の正解」とされ、異論を唱える者は弾圧される。
この「思考の檻」は、戦後も形を変えて生き続けてきました。 官僚が設計した「規格大量生産」の人生モデル。東京一極集中、終身雇用、そして少子化を加速させた硬直的なライフプラン。私たちは知らず知らずのうちに、役人が引いたレールの上だけを歩まされてきたのではないでしょうか。
「2度目の日本」の限界と、安倍氏の志
堺屋氏は、明治維新後の「強い日本」を1度目、戦後の「豊かな日本」を2度目と呼び、いまこそ「3度目の日本」をつくるべきだと訴えました。それは、個人の人生まで決めてしまう官僚主導の体制を壊し、日本人が自らの意思で歩み出す国です。
この志は、安倍晋三元総理が掲げた「戦後レジームからの脱却」や「美しい国、日本」という理想とも深く響き合っています。
しかし、現実はどうでしょうか。 少子高齢化、経済の停滞、そして尖閣や竹島を巡る緊迫した情勢‥。優秀なはずの官僚たちが主導してきた施策は、何一つとして決定的な好転を見せぬまま、時間だけが過ぎていきました。多くの国民が、この閉塞感に辟易しているのが今の日本の姿です。
高市内閣が切り拓く「3度目の日本」
昨日、2026年2月18日。待望の「第2次高市早苗内閣」が発足しました。
SNSを埋め尽くす熱狂的な期待の声は、単なる政治家への支持ではありません。それは、「官僚政治を瓦解させ、政治の手に、そして国民の手に主権を取り戻してほしい」という切実な願いの現れです。
高市総理には、安倍氏が守ろうとした「日本の誇り」を胸に、与党が一枚岩となって「岩盤規制」や「官僚の壁」を打ち破ることを期待せずにはいられません。
- 財源という言葉で国民を縛る緊縮の論理。
- 事なかれ主義で領土を脅かす外交の不作為。
- 既存の仕組みを維持するためだけに、未来を犠牲にする「消去法の政治」。
これらに終止符を打つことこそが、堺屋氏の言う「3度目の日本」への第一歩です。
結びに代えて
「玉砕」という名の自滅を選ばされる時代は、もう終わりにしましょう。 私たちは「美しい国」の国民として、誇りを持って自らの未来を選択する権利があります。
新内閣には、官僚機構の「大いなる凡庸」に飲み込まれることなく、断固たる決意で日本を再生へと導いてほしい。 今、その歴史的な挑戦が始まろうとしています。

